デヴィ夫人の若い頃が超美人!娘と仲が悪かった?

デヴィ夫人 若い頃 娘 仲

 

テレビ出演が多いタレントとして知られているのが、デヴィ夫人ですよね。大統領の妻として活躍していますが、その若い頃がどうだったのかを知っている人は少ないのではないでしょうか?

 

今回、デヴィ夫人の若い頃や、カリナと呼ばれる娘の仲などについて調べてみることにしました。

 

 

デヴィ夫人の若い頃は誰もが一目惚れするほどの美人!

 

デヴィ夫人 若い頃 娘 仲

 

まずは、デヴィ夫人の基本的なプロフィールから確認していきましょう。

 

本名は、インドネシア名で、ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノと呼ばれています。日本名は、根本七保子(ねもと なおこ)です。

 

出生地は、東京府東京市麻布区霞町(現在の東京都港区西麻布)ですから、生まれも育ちも日本人ということになりますね。

 

国籍はインドネシアになっています。その理由は、インドネシアのスカルノ元大統領の第三夫人だったからです。

 

大統領と結婚をしたんですよね。だから、デヴィ夫人と名づけられています。

 

1940年2月6日生まれですから、2014年現在で74歳になられますね。とてもお若く見られます。

 

しかし、噂では若い頃はもっと美しかったといわれています。

 

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若い頃は、宝石の妖精とも言われるほどの美しさを誇っていました。

 

日本に来日していた、スカルノ元大統領がデヴィ夫人に一目ぼれしてしまい、19歳という若さで結婚をすることになりました。

 

インドネシアの言語を知るはずもありませんので、第一夫人などからは、壮絶なイジメを受けたとのことです。

 

日本でも、マスコミが大きく騒ぐことになり、それが原因で、デヴィ夫人の実弟八曾男さんが自殺する騒ぎになりました。その後、実母も亡くなってしまい、大きな悲しみをインドネシアで体験することになりました。

 

 

デヴィ夫人に娘が誕生!しかし…

 

デヴィ夫人 若い頃 娘 仲

 

その後、1965年にインドネシア内で軍事クーデターが勃発することになり、スカルノ大統領は失脚することになりました。

 

1967年の3月11日には、娘であるカリナを出産しました。

 

その後、インドネシア無いの情勢が不安的になり、娘を育てる環境では無いということが分かりましたので、娘を連れてパリへ亡命しました。

 

1991年にアメリカ・ニューヨークへと移住をしましたが、1992年に第四代フィリピン大統領の孫娘に暴行したなどの容疑で逮捕され、34日間監獄へ収容されてしまいました。

 

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これだけでも、壮絶な若い人生を体験していますよね。一般の人からしたら想像を絶するような体験ということになりますから、驚く人も多いようですね。

 

では、娘とはどのような関係だったのでしょうか?

 

インドネシア情勢が不安的なときに生まれましたので、パリという環境を娘を育てる為に選びました。乗馬など高級階級に相応しいような育児をしていったようです。

 

 

デヴィ夫人は娘と仲が悪い?連絡もない…?

 

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娘のカリナが11歳の時にインドネシアへ訪問しています。この理由は、娘を育てるための財産を貰うためでした。

 

その時、インドネシアはまだまだ情勢が不安定だった関係で、娘を連れてくることはありませんでした。その時から、二人の間には亀裂が生じることになりました。

 

財産を貰え、一緒にニューヨークで暮らそうと決意しますが、その時には、娘との確執は確立されたようで連絡も無く消息不明だったようです。

 

25年間に渡る確執は、孫が生まれたことで少しずつ解消されているようですね。

 

現在は、娘とも電話やメール、手紙などでやり取りをしているようです。

 

こんな人生を歩んでいるからこそ、テレビでも様々なことが言えるんでしょうね。